河野氏発祥の地へ

かつて日本最強と謳われた河野水軍。河野氏一族は、北海道まで到達していました。全国と、北条風早地区の物語がつながります。
例えば、四国、瀬戶内海の島々、広島、大分、宮崎、神奈川、岩手、山梨、静岡にも定着し、山梨の武田氏に水軍技術を伝えたと言われています。
函館市(北海道)の地名の由来は、当時の河野氏の居館が箱型だったことからと言われており、日本全国に河野氏にまつわる歴史があります。

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河野氏のここがすごい

源平合戦で活躍!
日本で3番目の地位に

源平の合戦時、源頼朝に協力して武勲を立てたことから、鎌倉幕府開府の酒宴における河野通信(みちのぶ)の席次は、源頼朝、北条時政に次いで第3位でありました。「三」と書かれた紙が折敷の上に置かれていたことが、家紋の由来となっています。

元寇で活躍!
勇将・河野通有(みちあり)が武名を馳せる

通有は小船2艘に一族を分乗させ、元の大船に夜襲をかけましたが、通有は左肩を石弓で射られ、弓を引くことも出来なくなりました。しかし、通有はひるまず片手に太刀を持って船中に躍りこみ、敵の大将を生け捕りにするという大手柄を立てています。

日本最強の水軍!河野水軍

「村上海賊の娘」で一躍脚光を浴びた村上水軍ですが、彼らは河野水軍の支配下にありました。河野水軍は、源平合戦での活躍のみではなく、その後も瀬戸内海を中心に戦国時代まで活躍をしていきます。河野水軍と能島村上(のしまむらかみ)水軍には深い絆があり、中世の瀬戸内海において欠かせない歴史となっています。

実はお遍路さんの始まりでもある
衛門三郎(えもんざぶろう)も河野氏一族

みすぼらしい僧侶にひどい仕打ちをした豪族の衛門三郎は、その後、不幸が続きました。8人の子供が毎年一人づつ亡くなったのです。三郎の枕元に現れた僧侶。それが弘法大師だと気づいた三郎は、自らの行いを深く後悔し、お詫びをするため、弘法大師を追って四国巡礼の旅に出ます。それがお遍路の始まりと言われています。

河野氏物語の魅力

ストレスOFF!河野氏の歴史と温泉グルメ旅

瀬戶内海の新鮮な
海の幸を満喫

平安風衣装とVR映像で
非日常体験

日本三大古湯 道後温泉で
ゆったりとした時間を

河野氏物語 ガイドツアー

ストレスOFF!河野氏の歴史と温泉グルメ旅

風早編

河野氏物語の中心地、旧北条市風早地区。かつて河野氏の本拠地として栄えたこの地をガイドとまわります。 河野氏一族の歴史の中で前編にあたる発展していく時代をガイドします。
瀬戶内海のゆったりした時間でストレスOFF!

道後編

愛媛の代表的な観光地、道後地区にも「河野氏一族」と繋がる物語が眠っています。知られざる日本の名湯と河野氏の関係をガイドとまわります。河野氏一族の歴史の中で本拠地を風早地区から道後・湯築城に移した、後編の物語をガイドします。
道後温泉本館の近くをめぐりなが゙ら、古湯の温泉街でゆったりとストレスOFF!

河野氏物語 風早編

山の神古戦場跡、粟井坂関所跡

養和元年(1181)。源氏にくみする伊予の国府の在庁官人(地方庁の役人)伊予権介 河野通清(いよのごんのすけ こうのみちきよ)は、風早郡(かぜはやごおり)粟井坂にて、平家方の将、備後の奴可入道⻄寂(ぬかにゅうどうせいじゃく)と阿波の⺠部田口成良(みんぶたぐちのしげよし)率いる平家勢1万余と合戦におよびました。主の通清をはじめ二男 通孝(みちたか)、三男 通賢(みちかず)ら一族と、河野水軍の御船頭領・村上清⻑(おんふなとうりょう・むらかみのきよなが)は、多勢に無勢のなか兵数百とともに勇戦するも討死、或いは自害しました。
在庁官人の嫡男(総領)の通信(みちのぶ)は、九州の源氏方、豊後の緒方三郎維栄(おがたのさぶろうこれよし)からの救援依頼にこたえて、河野勢の精兵500を率い渡海中の出来事でした。
「平家物語」には、この時、通信は高繩山城(高繩山頂)に居たとの記述も見うけられ、諸説あります。その後、通信は父・通清の仇をとり、源平合戦にて源氏側で大活躍をし、河野氏一族の繁栄がはじまります。

善応寺

予州河野家の氏寺です。京都五山・第4位の名刹(めいさつ)東福寺に倣い建武時代に創建。開山は元弘〜南北朝時代の武将、河野 通盛(みちもり)の師であり恩人、鎌倉建⻑寺の南山士雲を名誉開山として、⻑福寺より正堂士顕を迎え開基としました。当時は七堂伽藍(がらん)・十三塔頭(たっちゅう)を保持した大寺院でした。この寺を創建した河野通盛は風早を出て道前平野道後に湯月(築)城を築城し移住しましたが、晩年はこの善応寺で余生を送りました。源平時代は河野氏の館があり土居館(どいのたち)と言いました。古来この地は、風早郡河野郷土居(かざはやごおりこうのごうどい)といい背後には高繩山城域を構成する雄甲(おんごう)・雌甲(めんごう)・高穴(たこな)などの出城があり、源平から戦国まで幾多の戦乱に捲き込まれました。

高縄神社

清和源氏の棟梁(とうりょう)・伊予守源頼義(みなもとのよりよし)の四男で河野親経(ちかつね)の養子、三島四郎河野親清(みしましろうこうののちかきよ)は、保延2年(1136)、高繩山城を築いた時、河野家の氏神である大三島の三島大明神(大山積(祗)神社)を現在の地に奉遷して、当初は河野新宮・河野三島宮と称しました。御祭神は大山積命(おおやまずみのみこと)、高龗神(たかおかみのかみ)、鳴雷神(なるいかづちのかみ)とし、神代史によれば、最も古い系譜に属する高貴の神様です。また当然の事ながら、幾多の合戦における戦勝祈願など各時代の河野宗家の歴史の当主のみならず、壇ノ浦合戦に臨む源九郎判官義経(みなもとのくろうほうがんよしつね)主従や付き従う鎌倉武士団の多くが参拝したであろうことは、想像に難くないでしょう。そして、この高繩神社は、推古天皇(554〜628年)の御病気平癒祈願であった史実も見逃してはならないことです。その古代史を今に伝える、参道入口の左下にある石碑には「推古帝祈願所」と刻まれています。

■日程表(JR北条駅発着となります) 集合:JR北条駅
コース:
山の神古戦場(河野通清自刃の場所)
善応寺(河野一族の氏寺)
高縄神社(河野一族の氏神)
帰着:JR北条駅
(注)松山発着をご希望の場合、別途お問合せください。
■ツアー実施要項
●期間     令和3年4月〜9月
●実施日    毎日実施可能
 ※複数お申し込みの場合ガイドに限りがありますのでお受けできない場合があります。
●実施時間   午前10時発、午後2時発 の1日2回となります。
 (前後30分柔軟に対応いたしますのでご相談ください)
●所要時間   約2時間となります。
●集合について ガイドのバッチをつけた係員が現地におりますのでご確認ください。
  集合の詳細は、お申し込み時にお伝えさせていただきます。
●旅行代金  
  大人お一人様 3,000円(税込)
 レンタカー、マイカーご利用の場合  → ガイドが同乗してご案内します。
 タクシープランご利用の場合    →北条駅よりタクシーに乗ってガイドいたします。詳しくはこちら
(注)子供料金の設定は有りません。2021年4月〜9月設定代金となります。旅行保険料が含まれます。
●緊急連絡先 (株)KIRI  089­904­1329 平日10〜17時対応
●お申込み  【予約制】希望日時の7日前までに次の内容をお知らせください。
 ①ガイドご希望日時  ②人数と代表者のお名前、ご連絡先  ③タクシープランの利用有無
●最少催行人員2名    
   6人以上の場合、タクシープランは2台利用となります。    
   (注)最高人員は10名までとなります。
 1名申し込みの実施はございません。
 2〜8名につき1名のガイドつき、9名以上の場合にはガイド2名となります。
●お支払い  原則として実施日前日までにお振込みをお願いいたします。          
●団体受付  大型貸切バスの通行ができない史蹟があるため受付はできません。
●お願い   観光には多少山や石段を登る箇所がありますので、予めご了承のうえお申込みください。

河野氏物語 道後編

道後温泉の湯釜

道後温泉は三千年の歴史をもつ日本最古の温泉と言われており、道後公園にある湯釜は全国で最古のもので、(天平勝宝年間749年〜757)県指定の有形文化財となっています。伊予の豪族・越智氏は、早くから「温泉館」を設けて道後温泉を支配していました。さらに、河野氏は通盛の時、伊予国の守護に任ぜられ、建武年間(1334〜37)本拠を風早郡河野郷(旧北条市)から伊佐爾波岡に移し湯築城を築きますが、以来本格的な温泉経営に着手したようです。文永12年(1275)には、河野通有が命じて一遍上人が湯釜の宝珠に「南無阿弥陀仏」と書いたとされています。この湯釜は明治27年(1894)に伊佐爾波如矢などによって現在の本館が作られるまで、養生湯(保養、湯治)で使われていましたが、新築を期に引退し、この場所に移りました。

南無阿弥陀仏 時宗の開祖は河野氏だった。
  宝厳寺(ほうごんじ)

時宗の開祖一遍上人(一遍上人)の誕生の地とされている宝厳寺です。(※風早郡別府誕生説(旧北条市)もあります)宝厳寺は665年に創建、正応5年(1292年)の再建時に天台宗から時宗に改めたようです。一遍は、延応元年(1239)伊予の豪族河野通広の次男として生まれ、10才の時出家して、大宰府の念仏上人聖達のもとで行をおさめました。その後、伊予に帰り久万岩屋寺などにこもって苦行を続け、文永11年(1274)熊野権現に参籠してさとりを開き、時宗をおこしました。正応2年(1289)兵庫の観音堂で51才の生涯を終えるまで、念仏札を配り念仏を勧めながら游行を続けました。一遍は「捨聖(すてひじり)」と呼ばれましたが、おそらく「捨てる」ことを最も徹底して行いえた人であったようです。

河野一族の最後の舞台 義安寺(ぎあんじ)

寺伝によると、このお寺は、天文8年(1539)河野景通の子供である河野彦四郎義安が建てたと言われています。寺の名前もそれに因み「義安寺」と名付けられました。河野氏にとっては悲しい物語の残るお寺です。天正13年(1585)豊臣秀吉の四国征伐の際、その命を受けた小早川隆景によって河野通直の立てこもる湯築城が攻略され、降伏しました。これにより、伊予国は小早川隆景の支配下となりました。この時、河野一族、譜代の家臣がこの義安寺に集まり、境内から湧き出る泉の水で水杯を酌み交わした後、二君に仕えない、と誓いあって自刃(じじん)して果てたと伝っています。その「誓いの泉」が残されています。その時の家臣たちの魂が蛍となって、主君を慕いながらお寺の周辺を飛び交っていたとされ、昭和30年代までは義安寺蛍と名付けられた源氏蛍がお寺の前の御手洗川で飛び交っていたと伝えられています。

■日程表(伊予鉄道後温泉駅前発、子規記念博物館着)
●集合:伊予鉄道後温泉駅前
ガイドのバッチをつけた係員が集合場所におります。
●コース:  道後温泉源泉─道後温泉本館─圓満寺─宝厳寺─伊佐爾波神社─義安寺─湯釜
(注)ー印は徒歩
■ツアー実施要項
●期間     令和3年4月〜9月
●実施日    毎日実施可能
 ※複数お申し込みの場合ガイドに限りがありますのでお受けできない場合があります。
●実施時間   午前10時発の1日1回となります。
(前後30分柔軟に対応いたしますのでご相談ください)
●所要時間   約90分
●旅行代金  
 大人お一人様  1,800円(税込)
(注)子供料金の設定は有りません。2021年4月〜9月設定代金となります。旅行保険料が含まれます。
●緊急連絡先 (株)KIRI  089­904­1329 平日10〜17時対応
●お申込み  【予約制】希望日時の7日前までに次の内容をお知らせください。
     ①ガイドご希望日時  ②人数と代表者のお名前、ご連絡先
●最少催行人員2名
   (注)最高人員は10名までとなります。
 1名申し込みの実施はございません。
 2〜8名につき1名のガイドつき、9名以上の場合にはガイド2名となります。
●お支払い  原則として実施日前日までにお振込みをお願いいたします。
●団体受付:大型貸切バスの通行ができない史蹟があるため受付はできません。

●湯築城見学コース(無料)
 希望者は7日前までにお申し込みください。
 ガイドツアー終了後の実施となります。
 所用時間60分〜90分

河野氏物語 オプショナルツアー

タクシープラン(風早編のみとなります)

レンタカーのご利用、マイカーでお越しでない方はタクシーを借りて、北条駅よりタクシーに乗ってガイドいたします
風早編では、ガイドポイントが離れているため、お車での移動のみとなっております。

タクシー料金  
2人の場合    (小型) 12,000円(税込)  
3人の場合    (中型) 14,000円(税込)  
4人以上の場合(ジャンボ) 16,000円(税込)
6人以上の場合、タクシープランは2台利用となります。
(注)最高人員は10名までとなります。1名申し込みの実施はございません。2〜8名につき1名のガイドつき、9名以上の場合にはガイド2名となります。
※ガイドが同乗して、ご案内いたします
※北条駅集合、マイカー・レンタカー利用プラン
※道後温泉駅・松山駅発着の場合は別途、お問い合わせください。

平安風衣装街歩き体験(道後編のみとなります)

平安風衣装をまとって、ガイドツアーに参加できます。
記念撮影や旅の思い出にいかがでしょうか。

平安風衣装体験 1時間 8,000円:90分 10,000円:2時間 12,000円 (いずれも税込となります)
※着替えの時間は含みません。
※1回のツアーで2名までとなります。(4月〜9月)
※90分の場合、ガイドツアーとの併用も可能です。
※1時間、2時間のプランの場合には、ガイドツアーとは別途となります。

詳しくはお問合せ下さい

河野氏物語 夕食プラン

夕食は「東京第一ホテル 松山」

河野氏物語オリジナルの夕食プランがございます。
「河野水軍時代の宴」として、当時の食材を使った現代風の宴をご用意しております。
宿泊ホテルは「東京第一ホテル 松山」が便利です。
お申込みは直接ホテルにご予約ください。

お一人様 4,950円(税込)

ホテル情報:「東京第一ホテル 松山」
https://www.hankyu-hotel.com/hotel/dh/tdhmatsuyama

河野氏物語 オリジナルランチ

河野氏物語オリジナルランチ

地元産の国産アボガドを使った料理を旬の季節(10月〜2月頃まで)に提供しております。
和田さん自慢のアボガドの収穫がない場合は、地元産の野菜を使った郷土料理を提供させていただきます。
農繁期には、ご準備ができない場合がございます。
詳細は事前にお問い合わせください。

アボカドランチ  ¥1500-
食後のコーヒー ¥300-

アボカド三昧デザートプレート   ¥500-
    ・アボカドジェラート
    ・アボカド茶葉入シホンケーキ                  
 ・アボカドプリン

※ガイドツアーには含まれませんので、直接お問合せください。

店名:
和田産地のごはん

住所:
〒799-2662
愛媛県松山市太山寺町2417−2
電話番号:09010084457

営業時間:
木・金・土 11:30〜14:30
定休日:日・月・火・水

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